ゆるっと。

マイペースなヲタクの独り言

170806 『グランギニョル』観劇メモ

大して文才があるわけでも書きたいことが日々たくさんあるわけでもないのに、突然ブログなんてものを始めたのは、『LILIUM』を観てしまったからでした。Twitterには収まり切れない言葉を全部吐き出したくて、観たその日にブログを立ち上げ、感想を書きました。まさかあれがこんなにも深い沼の入り口だったなんて、当時は想像もしてなかった。

 

あれから3年経った今、こうしてシリーズ最新作をまた観られて、とても嬉しかったです。そして、何も知らずに観て絶望に突き落とされて、後から『TRUMP』を観て追い打ちをかけられた当時と違い、今回は『TRUMP』を見直してから観に行きました。だから、もちろん(うわあ、、、)ってなったけど、観ながらいろんなことに気付けた楽しさもありました。あの時『TRUMP』を知ってて『LILIUM』を観た人たちも、こんな感じだったのかなあ。あの時の評判は絶望感の方がすごかったけど...(笑)

 

grandguignol.westage.jp

 

さて、こんな辺境のブログにやってくる人で、ネタバレ無しで評判だけ見ておこうなんて人はきっといないと思うので、ネタバレ上等のスタンスで、思ったことをつらつら並べます。先に言います。長いです。

 

 ◆キキとマリーゴールド

『LILIUM』に出ていたキャストの中で、唯一、今作にも出演した田村芽実ちゃんの役は、キキという繭期のヴァンプでした。めいめいが演じるとはいえ、マリーゴールドとは全くの別人だし、そもそも『グランギニョル』はデリコ家の話で、マリーゴールドはもちろんのこと、リリーはおろか、ソフィすら関係がない。そう思って、シリーズ作とはいえ、さすがに『LILIUM』との繋がりはあまり期待してませんでした。

 

でも、それは間違ってた。同じ演者が演じる役を、末満さんが「全くの別人」にするわけがなかった。

 

予知能力を持つオズが見た、キキの未来。遠い遠い未来。「キキによく似た女の子が綺麗な花に囲まれている」という未来。「目の前のもの全部を愛してしまう」という繭期の症状を持ち、仲間を愛し仲間に愛されたキキの遠い遠い子孫がマリーゴールドなんだとしたら、「誰にも愛されちゃいけないし誰も愛しちゃいけない」というマリーゴールドの台詞の悲しさたるや...と思わずにはいられなかった。

 

一方で、オズの見た未来の印象は決して暗いものではなかったから、クランにやって来てリリーと出会って生きる意味を得たマリーゴールドは、実は幸せだったのかもしれない、という微かな希望も持たせてもらえたりしました。もしかしたらオズが見たのはマリーゴールドそのものじゃなくて、キキの子孫でマリーゴールドの祖先にあたる誰かだったのかもしれないけど。正解は末満さんと、キキのその後を知ったというめいめいしか知らないことだから、観客としてはどちらだと思っていてもいいよね、きっと。

 

あと何より涙腺に来たのは、キキの「もう泣かないと決めたの」という一言...サンシャイン劇場のド真ん中、マリーゴールドがその曲を歌ったまさにその場所で、その言葉を言わせるのはほんと反則すぎました...。

 

◆ラストシーンの件

父親であるマルコ(ウルでありダミアンだけど分かりにくいからマルコと呼ぶ)に咬まれ、そのイニシアチブによって「死の恐怖におびえながら生きる」ことを強いられた、生まれたばかりのウル。そのウルを咬んで、自分のイニシアチブによって「負けるな、負けるな」と命じたダリ。

 

『TRUMP』で「僕は死ぬのが怖いんだ」とソフィやクラウスに縋るウルを知ってしまっているけれど、それでも、『グランギニョル』だけを考えると、あのラストシーンは希望でしかなかった。ウルは負けないかもしれない、強く幸せに生きていけるかもしれないと、あの瞬間だけは思わせてくれる、小さいけれど確かな希望でした。

 

こんな考え方してるから、今までの『TRUMP』シリーズの中で一番、観劇後の後味がスッキリしてます。あんなに残酷なものを見たのに、最後にたった一つ、一瞬の希望を見せられただけで、こんなにも気分が違うもんなんだな...(笑)

 

観劇後、「希望だったのかなあ?だってウルは結局負けちゃったじゃん?」っていう会話をちらっと耳にした。『グランギニョル』では、複数のイニシアチブを受けた時には、意志の強い命令の方が優先されると語られるから、負けたとしたらそれは少なくともウルのせいじゃないよね...。けれど、ダリの意志の強さがマルコに負けていたのかと言われると、それも違う気がするし、違うと思いたい。じゃあどうしてウルがああなってしまったのかは、あくまでも仮定と想像で話をするしかないんだけど、個人的には、ウルは負けてなかったんだと思いたい。

 

ダリの命令は、マルコの命令が無いと成立しない。怯える気持ちが少しでもないと、それに負けるまいと抗うことはできない。だからウルはきっと、怯える気持ちを持ちながらも負けない努力をしていて、その努力の形が、不死を求めてTRUMPに縋るっていう形になってしまっただけだったんじゃないかなあ...。

 

ダリが授けた希望はウルが成長しても決して消えはしなかったのだろうけど、これはきっとダリの望んだ形ではなかったし、生まれた時に授けられた希望があったことを知ってしまったからこそ、またもう一度『TRUMP』を見た時には、ウルの在り方をより一層悲しく感じるんだろうな...。


※2017/08/07 追記

ダリが望んだ「負けない」態度を体現してたのがソフィだったんだろうか…。だとしたら、やっぱり「僕は君であり、君は僕なんだ」よなあ…。

 

 

◆ウルとラファエロとアンジェリコのこと

『TRUMP』でのアンジェリコは、目的の達成のためには友人を咬むことも厭わなかったし、ウルにソフィを殺させようとしたり、より残酷な形で目的が達成されることを好んだ。そういうところは父親であるマルコに似てしまったのかもしれない。

 

ラファエロとウルが腹違いの兄弟だと思っていたけど、実際は二人は腹違いですらなくて、むしろアンジェリコとウルが腹違いの兄弟だったんだよね...。本人たちはそれを知ることなく育ち、憎み合い、そのまま死んでしまったんだなあ...。もし知っていたら、何か変わったのだろうか...。

 

 

◆ダリとゲルハルトのこと

まず言わせてほしい。

 

役者のビジュアルが美しすぎる。

なんだあれは。最高か。

 

…はい。気を取り直して。

 

ダリとゲルハルトの関係は、『TRUMP』でのラファエロとアンジェリコじゃなくて、ソフィとウルだった。『TRUMP』でウルがソフィに向けた「僕は君になりたいんだ」「僕は君であり、君は僕なんだ」という言葉は、『グランギニョル』ではゲルハルトからダリに向けられた。一見完璧な貴族に見えるゲルハルトが抱えるダリへのコンプレックスと憧れは、そのままウルのソフィに対する思いと重なってた。

 

誰もが無いものをねだりそれを持つものに憧れるけれど、持つものは自分が持っているものがどれだけの価値があるものなのか気付いていなかったり、あるいはそこに価値を見出していなかったりする。そういうものなのかなあ。

 

 

◆フリーダとスーのこと

 ダリの奥さんであるフリーダ、ビジュアルも立ち振る舞いも気品があって、そして人柄はとても気高くて気丈で芯のある女性だった。自分の意志・考えはしっかりと持っていて発言もするけれど、デリコ家の当主であり愛する人であるダリの考えや思いを常に尊重し、それに従う。ちょっと違うかもしれないけど、印象としては梨園の妻みたいなイメージ。

 

一方、スーの素朴なビジュアルは、ゴシック調の舞台の中でいいアクセントになってた。「何かが違う」ことが見た目だけではっきり分かる。スーにとってダリは仇にあたるのに、全ての真実が明かされた後に守ったのはどうしてだったんだろう。本当の理由は語られなかったから分からないけど、フリーダとスーの交流を観てきたからか、あの時のスーの行動はなんだかすんなり受け入れられたな。

 

身分や種族こそ違えど、二人は芯のところでは似たもの同士だったのかもしれない。

 

 

◆その他まとまらないいろいろなこと

・とにかく殺陣が多かった。そして美しかった。さすが貴族による、貴族のための残酷劇と謳われているだけある。役者さんのスキルと身体能力もとても高かったんだと思う。メインキャストはもちろん、名前もないようなモブですら恐ろしいほど綺麗で迫力のある殺陣だった。ダリやゲルハルト、春林や歌麿の殺陣もすごかったけど、個人的には、ヨハネス卿の部下のレインの殺陣が好きでした。かっこよかったなあ。

 

ハロヲタなので、カトレアの涅槃像ネタだったり、「ファルス」という単語だったり、キキの未来の話だったり、散りばめられたたくさんのネタの中に、確かに『LILIUM』を感じさせるものがあったことが、すごく嬉しかった。私の大好きなあの子たちが魂込めて演じたあのヴァンプたちも、壮大な輪廻の中に組み込まれているのだと思うと、何だか不思議だけど誇らしくもあり、そして少しだけ心がきゅうっとなる。きっと『TRUMP』シリーズの新作が生まれるたびに、『LILIUM』という作品もまた新しい意味を持たされ、みんなが演じたヴァンプ達はそのたびに観客の中でもう一度生きるんだな...。末満さん素敵な出会いを本当にありがとう。

 

・ミュージカルではないから歌はあまり歌わないのだけど、その中で元宝塚の愛加さんとめいめいだけが歌唱シーンがあった。マリーゴールドの時を思い出させる、いい歌だったなあ。めいめいの歌には「同じ夢を見ながら」って歌詞もあって、特別な能力と大切な仲間を失いたくないが故に永遠の繭期を望むキキの姿は、『LILIUM』から入ったヲタクにはグサッときた...。そういえば、『LILIUM』のときの感想を見返したら、めいめいについて芝居がオーバーだったみたいなことを書いてたけど、今回は全くそんなこと感じなかった。女優として、着実に成長しながら歩んでるんだね...。

 

・そういえば、歌麿って何者なんだろうな。萬里みたいに、絶対あの人にも何かある。歌麿をヴァンプにしたダミアンは、マルコだったんだろうか。歌麿もまた、復讐劇の登場人物だったってことなのかなあ。

 

◆以上。

書ききれてないネタもある気がするけど、残念ながら1回見ただけで全部覚えていられるほどの超人的な記憶力の持ち主ではないし、かと言って、もう一度見るためのチケットは無い。残念だな、、、でも帰り道にDVDを予約したから無敵!12月が待ち遠しい!